Feb 15, 2010

透明度に重点を置いたWeb制作のためには

Web制作から、サイト構成やページデザインに気を持って簡単ですが、何よりも重点を置かなければならないのは、ページのビューです。どんなに内容の濃いサイトでページを表示辛いと飽きイオプニダ。透明度に重点を置いたWeb制作には必要な情報をスクロールせずに見えるようにすることです。しかし、情報量が多くなると、多少スクロールする必要がありますこの場合は、スクロール前の画面で確実にポイントをまとめた情報を表示する必要があります。
webデザイナーを夢見る若者たちが着実に増えているようですね。 webデザイナーは、様々な職種に対応している点と、現代的であることが大きな魅力だと思います。 PCは非常に身近な存在になったのも、重要なポイントになっていくのです。世の中が良い方向に行くようにすべて考えていく必要があるのです。
 愛知県の名物料理「味噌(みそ)煮込みうどん」が、おいしい季節になった。料理の主役は、太くて固い麺(めん)と主に東海地方で製造される濃厚な風味が特徴の豆味噌で、その代表格が「八丁味噌」だ。この味噌の銘柄は、江戸期に「八丁村」(現愛知県岡崎市八帖町)でつくられていた豆味噌に由来するという。産地では今も、老舗(しにせ)の「八丁味噌」(屋号・カクキュー)と「まるや八丁味噌」(同・まるや)の2社が、伝統の味噌づくりに励んでいる。現代では調味料の脇役に甘んじる味噌だが、そもそもは立派な副食。風味の強い八丁味噌は、料理によっては素材を上回る存在感を発揮する。ゆかりの地のカクキューを訪ねて、その魅力を探った。(中部総局 山根忠幸)

 発祥は家康生誕の地

 旧東海道をはさんで、2社の風雪を経た味噌蔵などが並び立つ現八帖町。一帯には、古い寺院や路地があり、江戸期の雰囲気が残る。「江戸期には、すでに八丁味噌と呼ばれ、その名は広まっていた」とカクキュー総務部の太田高司部長。

 前置きが長くなるが、「八丁味噌」のネーミングの出典をたどる。岡崎といえば、徳川家康の生誕の地だ。天文11(1542)年12月、家康(幼名・竹千代)は岡崎城に出生。八丁村は、城の西8町(約870メートル)に位置していたことで村名へ。

 また、岡崎には、松平、徳川家の菩提寺(ぼだいじ)の大樹寺がある。江戸後期、この寺院で家康の父広忠に関わる造営と嘉永3(1850)年の洪水で破損した矢作(やはぎ)橋の修復工事が行われ、幕府作事方の役人が岡崎に滞在した。役人は嘉永5(1852)年、大樹寺関係の資料のほか、岡崎をはじめとする三河地方の風俗などを記録した「三河美やけ」を書き留めた。この古文書に「八丁味噌」の記述が見られる。

 内容は「八丁みそ。八丁村ニ問屋二軒有」などで、銘柄が記された最も古い史料という。八丁村での味噌造りは、正保2(1645)年に創業のカクキュー、延元2(1337)年のまるやが、江戸初期には始めており、大都市・江戸にも出荷して、八丁味噌の名が広まったとされる。

 かたくなに守る製法

 八丁味噌の原料は、大豆と塩、良質の水だ。カクキューでは、蒸した大豆に麹(こうじ)をつけて豆麹としたあと、塩と水を加え、大型の木桶(容量・味噌約6トン分)に仕込む。木桶には、ピラミット状に多数の川石計約3トンを積み上げ、「二夏二冬」(約2年)以上、自然発酵で熟成させて製品となる。大豆に麹をつける製法から、いわゆる豆味噌で、色による分け方では赤味噌となる。

 八丁味噌は、麹や大豆の処理法などでわずかな酸味と渋味、強いうま味が引き出され、独特の風味を生み出している。色は、黒みを帯びた赤色。主に東海地方で製造される八丁味噌あるいは豆味噌の強力な風味が、煮ても落ちないことで、名物の味噌煮込みうどんなどの料理が成立する。なお、味噌は全国的には米に麹をつけて大豆と仕込む米味噌が一般的。色は、大別して大豆を蒸すと赤味噌、煮ると白味噌になるという。

 さて、江戸期の八丁村だが、陸の大動脈の東海道と水運の矢作川が交わる交通の要所で、味噌造りの原料となる大豆と塩の入手が容易であったほか、良質の天然水に恵まれていた。

 「カクキューでは当時、大豆は地元の矢作大豆、塩はにがりが少なく醸造に適した吉良(現愛知県西尾市吉良町)の塩を使用していた」と太田部長。

 入浜式塩田で製塩された吉良の塩は、饗庭塩(あいばじお)と呼ばれ、各地に送られていた。蛇足(だそく)だが、吉良は「忠臣蔵」で知られる高家(こうけ)旗本4200石の吉良上野介の領地。敵役で広まっているが、地元では善政を敷いた領主と伝えられている。

 矢作大豆は、昭和中期ごろ、大豆の品種改良が進むなかで、国内での栽培が途絶えたという。ところが、近年、米国で種の保存が判明。回り回って、カクキューも入手し、矢作大豆を原料とした試作を行っている。

 教会と城の調和

 カクキューを訪れて驚くのは、西洋風で教会堂を思わせるモダンな本社事務所と、石垣を積み上げた城郭(じょうかく)のような巨大な本社蔵(現史料館)だ。両建物は、和と洋の正反対の建築様式のようでいて違和感がなく、調和しているから不思議だ。ともに、平成8年に国の登録有形文化財となった。

 「本社は、外観は古代ローマ建築が源のバシリカ式教会堂だが、米国の簡易工法で日本の大工が建てた和洋折衷の珍しい建物です」と太田部長。昭和2年に完成しているが、生活のなかに西洋文化を積極的に取り入れた大正モダンを感じさせる建物だ。「白い柱型と壁面の下見板の濃茶色とを対照させたデザインが特徴的」と登録で評価されている。木造2階建てで、建築面積約340平方メートル。

 本社蔵は、岡崎城を想起させる、どっしりとした重厚な土蔵建築だ。明治40年に建てられ、昭和16年まで味噌仕込み用の蔵として使用されていた。近くを流れる矢作川の洪水に備え、基壇の石垣を高く積み上げたのに加え、白壁に格子窓が連続しているのが特徴で、これらが城郭の雰囲気を色濃く感じさせる。現在、内部は味噌造りの史料館として公開されている。関連資料と合わせて、外観も一見の価値がある。木造2階建てで、建築面積約460平方メートル。

 カクキューは、これら建物が建築された明治後期から昭和初期にかけて、最盛期を迎えていたというが、現在も味噌造りを見学する団体客を乗せた大型バスが次々と到着。八丁味噌ゆかりの里は、岡崎市内の民間観光施設といえるまでになっている。

 【カクキュー・八丁味噌】愛知県岡崎市八帖町字往還通69。名鉄東岡崎駅からバス10分。車は東名岡崎インターから約10分。工場見学ができるが、予約が必要。詳細は(電)0564・21・1355。なお、近くのまるや八丁味噌でも、見学を受け付けている。問い合わせは(電)0564・22・0678。

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